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風の便り

船造りの合間に見た事、聞いた事、思った事

ヨットの面白さ

ヨットの魅力って何だと思う?最近ヨットに憧れるというか、ヨットに乗ってみたいとか言う人がめっきり少なくなって、時々こんなテーマで話し合う事がある。
小生の場合は、たまたま入った寮の先輩がヨット部のキャプテンだった事で、誘われるままに体験したのが始まりである。
身近にヨットを持ってたり、或いはヨットの経験のある人がいなかったら、体験する事はなかなか難しいことかもしれない。
いまさら初体験の話をするのも恥ずかしいのですが、5月の北風がやや強かった日、追手の風を受け快調に走っている最中に、突然の沈、必至に起そうとしたのですが、センターボードが上がったままでは起すに起せず、浜に流されるのを待ってから対処しようとそのまま艇にしがみついていました。
これが3段ぬき新聞記事になってしまうのですが、いやはやとんでもない初セーリングでした。
本来の負けず嫌いの性格がそう導いたのか、別にそれに懲りる事もなく、そのままヨット部に入り、一丁前のセーラーを目指そうと思ったのが運の尽きだったのかもしれません。
ある程度操縦できるようになってから、友人とショートクルーズに出かけました。
その日の天候に恵まれ、程よい風を受けてのセーリングは今もって忘れません。その心地よさこそセーリングの原点だったと今でも思っています。
我がヨット部は、レースなどとは程遠く、創始者S先輩の作ったカデットディンギー(舵社のヨット工作法を見て自作)が始まりで、小生が入部した時には、横山晃氏のY-15、(155、241号)が出来上がっていました。
こういった経緯から、小生のヨットに対する興味は初っ端から、セーリングと、自作という組み合わせでスタートしたわけです。
ディンギー乗りから始まったセーリングは、県大会の開催、弘前大との交流、国体への出場と輪を広げ、卒業後は造船所へ入ったこともあって、SSCRからNORCの本格的な外洋レースへと取り付かれたようにヨットの世界にのめりこんでゆきました。
何がそこまで自分を駆り立てたのかと時々振り返ることがあるのですが、改めて問い詰めてゆくとまるで走馬灯のようにセーリングの一こま一こまが目に浮かび、それとその時同乗していた仲間との絶妙なコミュニケーションが思い出されます。
あの大島レースの夜のスピン戦、小網代カップでのディスマスト、そして華やかな鳥羽パールレースのスタート、ヨットレースには心を震わす魅力が一杯ありました。
ヨットの練習航海も、またレースの回航も絶好のクルージングチャンスで有り、知らない港へ入る時の緊張感もまた忘れられない思い出です。
ヨットを自在に操れる技量を身につけること、そしてそれこそ千変万化する海を乗り切って目的地へ無事たどり着く事、この行為そのものの中にヨットの全魅力があるのではないかと思います。
ヨットを友とする人生には、心から感動する場面に遭遇するチャンスがたくさんあります。
とにかく、いろいろヨットに乗って体験する事、後で振り返るとこれがヨットの魅力だったのかと思い起こす事を期待しています。
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  1. 2011/09/08(木) 21:10:00|
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新しい波

最近、指折り月日を数えるといった所作をしなくなったせいか、1年が1日といったふがいない生活を送っている。
先にこのブログに記してから1年以上もたっているとは考えても見なかったことである。
それでも地球は......でもないが、我が造船所もかすかな鼓動を保ちながら動いております。
この1年に手掛けた新艇は、僅か3隻、かろうじて造船所の面目を保っているというのが現状です。
そして本年,多少サプライズがありまして、なんと”造船の仕事を覚えたい”という若者が志願して来て、居を構えてしまいました。
確かにまだ捨てがたい魅力のあるこの業界ですが、艱難辛苦.....という言葉が思わず出てしまいそうな雰囲気をものともせず、店(居酒屋)を畳んで参上する意気込みには降参しました。
長く造船の仕事をしていると、付帯する業務もそれなりに増えていて、修理、リニューアルはもとより、マリーナ業務、ショップ、クラブ運営、廃船処理業、と何やかや一人で切り盛りするのも大変です。
かといって、定期的に仕事がある一般会社とは違って今では常雇用するだけの余力はありません。
小生も駆け出しの頃は、いつかは自前の造船所を持ち、自ら設計したフネを自らで造り、乗り、レースに出てトップを取り、果ては世界一周もなんて考えてはいましたが、不思議なもので”夢”を追っかけていると何時かは実現してしまうものだと、最近実感しています。
最近ある人から薦められて、”ザ.シークレット”という本を読みましたが、正にそのことを具体的に表現した考察本だと思います。
”大金持ちになりたい”と念じ続ければ必ずそうなるといった事が説いてありますが、思いが”信念”にまで到れば、宇宙の霊的な作用?でそうなるのかもしれません。
人間の身近な思いは努力によって大外の事は叶います。
夢が叶うかどうかは、思い込みが信念にまで到るかどうかの事で、夢想が実想にちかくなれば、人は次から次へと想像力を働かせ、夢を実現に向けてのレールに乗せるのかもしれません。
最近ちょくちょくパイプをくわえた例のマッカーサ司令官の写真を目にしますが、戦前生まれの我々から見ると、あの写真は戦後の始まりであり、東北の地震災害は、正に戦後の東京の焼け野原を思い起こします。
あの頃少年期を過ごした我々世代が今の若者に望むのは、無からの出発です。

あえて”夢”を持つことを提言するのは、それが人生の全ての出発点になり得ると思うからです。

最後に、第九代米沢藩主、上杉鷹山の言葉とされる歌

成せば成る
成さねば成らぬ
何事も
成らぬは人の
成さぬなりけり




  1. 2011/09/05(月) 21:06:40|
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