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風の便り

船造りの合間に見た事、聞いた事、思った事

ものづくり考

もう40数年前の事であるが、当時、東北の片田舎で寄宿生活をしていた頃の話である。入学して間もない頃だったように思うが、母から朝日新聞のコラム記事の切り抜きが送られてきた。「一芸に秀でるという事」。確かそんな題名だったように記憶している。母としては学業に専念し、専門知識、技術を習得して欲しいという思いで、送ったと思えるのだが、その趣旨は理解しつつ模索を続け、今の自分があるような気がする。

実際のフネ造りにおいては、一芸に秀でるというよりは、多芸に通じる技術、センスが要求される。造船技術というと、大型のタンカーから、客船あるいはヨット、ボートに至るまで、「水上を走行する」という基本条項は変わらない。そこに凝集する技術は、夫々のフネの持ち味はあるが、夜であれ昼であれ、また嵐の中でも、水上を安全に速く走る事が要求されている。

ヨットに興味を持ったのは、動力を自然の力"風"に求めるという"文明の世"にそぐわない、不思議な魅力を感じたからだと思うが、それ以上に幼少の頃からモノを造る(創る)喜びみたいな感覚を身につけていたからかも知れない。昭和20年代は、まだ大戦の後遺症が色濃く、人々はとにかく、モノを欲していた時代である。我が家は東京に隣接する千葉県船橋にあったが、幸い戦渦には遭遇せず、生活に必要なモノは残されてはいた。しかし、壊れたモノを新たに購買するだけの資力はなかった。

子供の頃の遊びといえば、たわいのない、ベーゴマやメンコ、果てはチャンバラ、そしてケンカ?というのが主流であったが、時には壊れた時計、ラジオ、蓄音機等の修理、また古ぼけた家の大工仕事等、オヤジと常に何かを修理したり、作ったりしていた事が思い起こせる。

世の中の経済が立ち直っていくにつれ、竹トンボの製作が模型飛行機(A8等)になり、寿命に近かったトランスレスの4球ラジオの修理も、高一、5球スーパーへの組立に変わり、よく秋葉原通いしたものである。

永年、ヨットの製作を業にしていると本業のかたわら、修理の依頼、相談も数多くある。このモノを修復するという所作は、モノを創るという手始めの段階で必要な非常に重要な要素が含まれていると小生は感じている。それ故依頼者にはよく"自分でやってみたら"という風にサジェストする事が多い。もちろん多忙で手が廻らないという事も時にはあるが、"自分で直した"というヨロコビを知ってもらいたいという"フクセン"がある。

今、モノヅクリ云々の喧伝がかまびすしいが、使い捨てが当り前の世界で、"モノを大切にする"、"壊れたモノをナオス"といった、日本人古来からの美徳を取り戻さねば、衰退しつつある日本のモノヅクリに未来は無いと思えるからだ。
(続く)
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  1. 2009/02/10(火) 11:40:25|
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