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風の便り

船造りの合間に見た事、聞いた事、思った事

舟遊び

長らくヨット業界に籍を置いているといろいろな事が見えてくる。
何故ヨットなのか? ヨットマンを自称する人々は、海=ヨットであり、中々、海=海水浴orボートor水上スキー等と結びつけたがらない。
もちろん、自然の風を動力として、海上を自在に走り回るヨットの魅力は、他にかえがたいものが多々存在する。

小生もヨットの魅力にはまった頃、エンジン付のクルーザー型ヨット(正式にはセーリングクルーザーというのでしょうか)には何かなじめないものがあった。

ディンギーで初めて遠航し、本荘へ行った日の事は今でも鮮明に憶えている。
往路の牧歌的な風景を横目に見ての帆走、同航した船川水産のOBが流れてきたサケを拾い、魚の目を見てこれはまだ新しい、「食える」と快哉したこと、暗くなった海面をただひたすら燈台の灯を目当に帆走したこと、何もかもが新鮮で、心踊った日々を今でも再現する事ができる。

その後、造船所に入社してから、クルーザーのレースを識る様になった。
過酷なまでもの時化の海、時にはスピンの花を咲かせての競い合い、またレースの最中、デスマストをした事もある。暗くなりかけた相模湾のど真ん中で、仲間とマストを引き上げ、次々と追い抜いていく、仲間のレース艇をうらめしく思った事もあった。

バブルの崩壊と共にオーシャンレースは下火になり、いわゆるクルージングの魅力が、脚光を浴びだしたのもこの頃からではないだろうか。
かつて競い合った仲間達も年々歳をとり、新しいヨットライフに目を向けつつあった。

ヨットで魚釣り?なんて考えた事もなかったが、魚釣りもまた楽しく、知らぬ土地への寄港もかつてはレースの合間の息抜きに過ぎなかったが、宿に泊り、土地の人々と酒を酌み交わすのも、また新たな喜びと化していったような気がする。

近年、帆も揚げず、ひたすら寄港地へ急ぐヨットの姿を垣間見るようになったが、一抹の寂しさと共に、これでいいのだとも思う軟弱な自分を見て、日本のヨット界は歴史が浅かったのだなと思う今日この頃である。
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  1. 2008/11/25(火) 17:55:48|
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ヨットの魅力

現在ヨットあるいはボートを所有している人の中で、恐らく全くのカスタムメード艇を所有している人は、自作者、あるいはよっぽどの資産家以外、まずありえない。

誰でもが、船を持とうと思った時は、自分のドリームボートを頭の中で描いている。
用途、大きさ、性能、内外装のイメージ、etc.
よほど船を乗り継いできた人以外、こと細かに夢の船を想像で描く事は難しく、大抵手っ取り早くカタログを取り寄せる事になる。恐らく帯に短しタスキに長しというのが現実で、フトコロ状態を勘案し、"よしこれにしよう"と決断するのは、多くのユーザーにとって最大の楽しみでもあり、また苦渋の選択でもある。

まあそれでも手に入れた艇はその人のマリンライフでの伴侶であるから、出来るだけ自分の理想とするフネに近づけたく、いろいろなオプションを追加したりして、当面の間は愛する艇とすべく努力を傾注することになる。

車であれフネであれまた住まいにしても、人の手で創られたモノは、人にとって長い人生の"いやし"であり、あとで振り返ってみると楽しかった人生の思い出の"シナ"ということになる。

もちろん、数々の小物は比較的永く所持されるから、余計に忘れ難き"思い出の品"になるのだが、人生のフシ目を彩る"大物"は人生を大きく包み込む力を持っているので、それを所持したというインパクトはかなりのものとなる。

車や船といった自力で移動できる乗物は、同じモノでも家、家具といった人をとりまくあまたの動かぬ"モノ"とは異なった魅力がある。
恐らく、人はこれらの"モノ"を是として広い大自然(地球)を肌に感じるからではないかと、小生は感じている。
  1. 2009/01/24(土) 15:54:50|
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# 遊びをせんとや生まれけん...........

遊びをせんとや生まれけむ
戯れせんとや生まれけん
遊ぶ子供の声聞けば
我が身さへこそゆるがるれ

有名な”梁塵秘抄”の歌謡である。
"遊び”と云う事を考える時にいつもこの歌が気になっていたのだが、改めて本を手に取り解説を読むと、いろいろな解釈があるらしい。
小生は単純んに"老境に入った人間が過去を振り返り、子供の頃の童心に憧れる歌と捉えていたのだが、どうも遊女の心理を歌ったものとの説が有力なようである。
字面を追う限りでは、小生が受け止めていたようにも読み取れるが、”遊びをせんとや......戯れせんとや.....”と終句”我が身さへこそゆるがるれ”とは、因果関係で結ばれ、第三句”.....声聞けば"がとりもつ三段論法で歌を処理するのは考えもので、詩形式は文法形式ではない!と手厳しい。

又、同じ”梁塵秘抄”にこんな一首もある。

遊女の好むもの
雑芸 鼓 小端船 
おほがさ 翳(かざ)し 艫取女(ともとりめ)
男の愛祈る百大夫

終いの句は意味深であるが、遊女が端船(小舟)を好んだのにはワケガありそうだ。
”法然上人絵伝”に"端舟に乗る遊女”という絵があり、上人が乗る"大舟”に向け”艫取女”と呼ばれる遊女の船頭と2人の遊女が描かれている。
この絵は、法然が船中にいると聞いた港第一の遊女が、日ごろの悩みを解決せんものと、岸から舟を漕ぎ出し大舟に向かう図である。
法話中のその場に小舟で遊女自らが乗りつけるというのも粋である。

時代が下って、江戸期には、大舟が”屋形船”となり、恐らく遊女を招き、飲めや歌への大パーティーを催したのであろう。

平安時代の貴族が、ヨーロッパの貴族と同じように、このように舟を使っていたというのにも興味をそそられたが、現代の日本の"キゾク”達は、いつからこんなに潮気のある風流な遊びから遠ざかってしまったのだろうか?

端舟に乗る遊女
  1. 2009/06/04(木) 18:43:56|
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言い訳?

他人のブログに触発されて”よし、俺もやってみるか”と始めたは良いがブログを上宰する人は、一にまめ、二に根気、三に閑人、四に、、、と要するに自分には、今現在その”資格が無い”と悟った今日この頃であります。

とはいっても、このまま退散するのも性に会わずとりあえず継続する事にしました。
今思えばツイッターなるものの方が良かったのかな等と、言い訳三昧の自分が惨めに思えてきます。
何故書けないのか?自分なりに分析してみると、何より気力ですね。
古希に近づくにつれ、体力も気力も日に二に衰え、なんて云う言い訳はしたくはありません。

最近、某オーナーとの会話に人間のスピリッツがよく出てきます。この間のニュースでインド人のヨガ行者の話が出てきて、40年も飲まず食わずでナンして人間は生きられるの?と議論風発。チャクラに存在するという人の魂とは?
そして、シャーマニズム、”AWAKENING to the SPIRIT WORLD"も付録のCDを聞くだけでも価値があるなんて云う文句に騙されて買ったはいいが、未だ読んでいません。

最近は、そろそろ仕事も縮小して行こうと考えていた折、地主の一方が、今年5月で契約を終了したいとの申し出が有り、今はてんやわんやの騒ぎです。とりあえずテントハウスを移設して、中のものをかたづけ、船をあっちこっちに移動して、未だこれからコンクリートをはつらなければなりません。

マー6月になったら少しは落ち着くだろうとの甘い見通しで、とりあえずブログ再開の宣言です。
  1. 2010/06/15(火) 17:03:16|
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舟艇業界の今後を考える

ヨット、モーターボート等の製造、修理及びそれに関連する業界を一般的に舟艇業界と呼んでいる。
リ-マンショック以来仕事が激減しているのは、何も舟艇業界ばかりではないが、バブル崩壊以後のこの業界は惨憺たる形相を見せている。
毎年社団法人日本舟艇工業会が前年度の出荷隻数等を公表しているが、国産のクルーザー型ヨットの平成21年の出荷隻数は、僅か3隻、輸入艇は14隻である。
古い資料が見当たらないので、最盛期にどれだけ生産されていたのか数字で示す事ができないのは残念だが、現有隻数から見て、少なくともヨットは100~150隻には達していたと思われる。
ヨットの耐用年数は普段の手入れさえ良ければ30年~50年と考えられるので、新艇の数は増えなくても、意外と現役艇の数は減っていない。
一時、韓国等に100隻前後の中古ヨットが流れた時期もあったが、廃船数と勘案しても目減りは最盛期の3割ぐらいではないかという気がする。
オーナーの年齢層が年々高くなり平均年齢60歳との話もよく聞くが、当らずとも遠からずかもしれない。
いずれにしても、若年層の参入が少ない世界は、衰退の一途をたどると言われているし、業界もそこは覚悟しなければならないと思う。
今後2世に船が引き継がれ、再び伸びが期待される事を切に願うものではあるが、多様化した娯楽の世界にプレジャーヨット、ボートがどの位魅力ある存在になりうるのだろうか?
クルージング、ヨットレース、釣、クラブライフ、未だ高嶺の花と思われているこの世界が日常と違和感無く融合できる時、新たな一歩が生れるのではないかと常日頃考えてはいる。
人々の意識の変化、取り巻く環境に大きな意味での変革を期待するものではあるが、ここ数年は望むべくもないだろう。

現状のこの業界はともすると悲観的になりがちで、何十年と培ってきた造船技術も、後に続く若者が皆無となると、この先に見えてくる業界の姿に暗澹たるものを感じるが、モノを創(造)る、修理するといった面白さを教える所から再出発を考えてみたいと思う今日この頃である。

  1. 2010/06/27(日) 20:22:21|
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